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書評『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』

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「礼はいりません。仕事ですから」
これは映画「シン・ゴジラ」で國村隼が演じる財前正夫統合幕僚長が、東京を破壊し尽くしたゴジラを凍結させる「ヤシオリ作戦」を前に、主人公である矢口蘭堂長谷川博己)に向けて語ったセリフですが、何を隠そう、この財前統合幕僚長のモデルとなった「伝説の自衛官」と呼ばれているのが本書の著者である折木良一さんです。
 
大震災当時、23万人を誇る自衛隊制服組トップの統合幕僚長として、未曾有の災害と原発事故に対応した折木さん。
 
そんな折木さんが一般企業の経営者、ビジネスパーソンに向けて「戦略の本質」を語った本書。
本書では原発事故当時のヘリ放水を行った経緯や、アメリカ太平洋艦隊のロバート・ウィラード元司令官とのやりとり、自衛隊の情報の集め方、扱い方、情報をどのように意思決定に活用しているのか、など興味深いエピソードが数多く散りばめられていますが、本書を読んで感じた「戦略」のエッセンスについて述べてみたいと思います。

 

 ■「戦略を考えるための戦略」ではなく「勝つための戦略」を求めよ

一般的に戦略、特に経営戦略と言われて思いつくものと言えば、アンゾフの「成長マトリクス」、M・ポーターの「競争戦略」、ハメル&プラハラードの「コア・コンピタンス経営」などではないでしょうか。
 
いずれも優れた理論であることは否定しないのですが、「これらの理論を駆使することこそが経営戦略なのだ」という風潮もあるような気がします。(特にコンサル系の経営書を読むとそう思う事が度々あります。)
 
ですが、本当にこれらの理論を使いこなすことが「戦略」なのでしょうか?
 
なぜ私たちが戦略を必要とするのか。
それは、「人・モノ・カネなど資源(リソース)が限られた中で、いかに差別化し、競争の優位性を獲得するか」、これを追求すること、この一点に尽きるのではないでしょうか。
 
では、上述の理論を用いたならば、必ず「競争優位」が獲得できるのか。
そんなことはまずあり得ないでしょう。
 
なぜならば、これらの理論はあくまでも「戦略を考えるための戦略」、いわばコンセプトあるいはフレームワークのようなものであり、これらの経営理論を活用することそのものは「戦略でも何でもない」からではないでしょうか。
 
経営学においてはこれらの理論を「至上のもの」「すべての問題を解決する万能薬」の如く扱いがちですが、これらを活用したところで「持続的な優位性」を獲得できなければ、何の意味もありません。
私達、ビジネスパーソンが本当に必要としているのは、「勝つための戦略」なのです。
 
本書では巷の戦略論が見落としている5つの視点を取り上げることで、巷の戦略論を駆使することが必ずしも「勝つための戦略」に直結しないことを明らかにしています。
 


■ケースメソッドは戦史に学べ※但し注意が必要

 
本書では経営学が教えないが、軍事戦略では特に重要視されているものとして「戦史研究」を挙げ、文中でも「キューバ危機」、「ノルマンディー上陸作戦」は戦略の成功例として、「ミッドウェー海戦」、「ガダルカナル作戦」は戦略の失敗例として取り上げられています。
いずれも意思決定の重要さ、シナジーの作り方、マネジメントの要諦、戦略目標を統一することの重要性、戦力の逐次投入の愚かさなどなど、現代のビジネス社会にも通じる教訓を得られるモノばかりです。
 
私自身も戦史には疎いので、まずはこの4つのケースから勉強しようと思いますが、これ以外の戦史から教訓を得ようとする場合に、注意しておきたい心構えをひとつご紹介したいと思います。
 
それは『金融財政business』に掲載されていた孫子研究の専門家にして第一級の戦史研究家でもある海上知明先生の「新・歴史夜話 軍記物語の利用方法:「平家物語」についての一考察」という論文で書かれていた一節です。
 
そこでは、史実に拘りすぎ、歴史の「if」を認めようとしない姿勢であった場合、誤った教訓を得てしまう可能性があるということが指摘されています。
海上先生の言葉を引用すると

確実な史実のみの利用と「if」を認めない姿勢では限界が訪れる。
唯一の結果として勝利があり、戦闘方法もそれ以外の戦い方はない。そこから「勝利した戦い方だから正しい戦闘法だ」という理屈が生まれ、「勝利した」=「名作戦」となり、その名作戦をマニュアル化して覚えるという危険な罠が待ち構えているからだ。
 
この見方の欠点は、戦略原則の視点での検証が行われないということにある。戦略原則からの視点で検証すると一目瞭然ながら、事実のみの追求にとらわれていると、見えないことが多くある。
 
勝利した戦い方にも愚策は多くみられるが、勝利すれば愚策も名作戦とみなされ、その模倣が敗戦を導くということに気がついていないのである。
 
派手な勝利が覆い隠しているのは、後世における「失敗の本質」であることが多い。
模倣しているのが愚策ならば、戦う前から敗戦は決定づけられている。
それは「結果論の罠」とも言うべきものである。


ケースメソッドとして戦史から教訓を得ることはとても大事なことですが、「結果論の罠」に陥らないように注意しながら、そのエッセンスを抽出することが大事なのだなと思わずにはいられません。

 

己の資質を高めよ~よき人にこそ、よき戦略は宿る~


最後に、本書を読んで最も感銘を受けたことであり、巷の戦略論が触れていないけれども、非常に重要なことを取り上げたいと思います。
 
それは、「己の資質を高めること」です。
これは、本書の中でも特段、章立てて書かれている内容ではありません。
ですが、折木さんご本人の体験談からは、「いかに判断を誤らないために最新の理論を研究してきたのか」、「部下を動かすために、己を厳しく律してきたのか」といったことがうかがい知れ、その姿勢は松下幸之助『指導者の条件』の中の一節「大将は大将」を想起させます。 

前田利家の所領にある末森城を佐々成政が大軍をもって囲んだという知らせが入った時、利家はすぐさま救援のため出陣しようとした。その時一人の家臣が、「占いの上手な山伏がいるので、出陣の吉凶を占わせませしょう」と勧めた。利家も一応それに従ったが、山伏がやってきて書物を取り出し、ぜい竹で占おうとすると、「自分は卦がどうあろうと出陣する決意をしているから、そのつもりで心して占え」と申しつけた。
 
するとその山伏は、即座に書物を懐にしまい、「今日は吉日で、しかも今が吉時でございます」と答えたので、利家も「お前はまことに占い上手だ」と喜び、勇んで打ち立って、勝利を得たという。
 
これが大将というか指導者のあり方だと思う。指導者にとって、部下なり他の人のことばに耳を傾けることはきわめて大切である。
また、ある場合には、この利家の占いのように、一つの神秘性をもった権威を活用して、士気を鼓舞するということも大いにあっていいと思う。
 
しかし、どんな時でも、自分みずから、”このようにしよう”、”こうしたい”というものは持っていなくてはならない。そういうものを持った上で、他人の意見を参考として取り入れたり、占いのようなものを活用することが大事なのであって、自分の考えを何も持たずして、ただ他人の意見なり、占いの結果に従うというだけなら、指導者としての意味はなくなってしまう。
 
昔から、大将にはおおむね軍師というものがついている。そういう軍師を持つことによって、成功を収めた大将は少なくない。しかしその場合も大事なのは、最後の決定は大将がするということである。
軍師の意見を聞くことは大いにあっていい。しかし、その意見を用いるかいなかは大将が決めるべきであって、何もかも軍師のいう通りになっていたのではいけないのである。

意見を用いないなら軍師の必要はないではないかという見方もあろうが、そうではない。結果的にそれを用いないとしても、その意見を聞くことによって、より周到な配慮もでき、それだけ万全な準備ができやすいわけである。
 
要は指導者としての主体性というか主座というものをしっかり持たなくてはいけないということである。
そういう指導者としての主座をしっかり保ちつつ、他人の意見を聞き、ある種の権威を活用していく。そういう指導者であってはじめて、それらを真に生かすことができるのだと思う。
松下幸之助著『指導者の条件』より

 
軍師あるいは戦略理論家のような人間であれば、多少、個人の性格に難があっても済まされるのかもしれません。(現に偉大な戦略理論家たち、アルフレッド・セイヤー・マハンカール・フォン・クラウゼヴィッツなどは、人の好き嫌いの激しい、敵を作りやすい性格だったとか)
 
ですが、戦略を実行せねばならない大将が人の意見に耳を傾けない独裁者タイプイエスマンしか側に置かないワンマンタイプであったならば、どうでしょう?
果たしてその戦略は成功裏に終わるのかどうか疑わしいと言わざるを得ません。
 
銀河英雄伝説にもフレデリック・"マーチ"ジャスパーという提督が登場しますが、勝つときは必ず見事に勝ち、負けるときは必ずとことん負けるという提督で、勝ち・勝ち・負けを繰り返すことから”行進曲(マーチ)ジャスパー”の異名をとっていたキャラです。
 
負けても次で取り返せるならいいのかもしれませんが、その「次」があるのかどうかわからないというのも現在の厳しいビジネス環境というものを象徴しているのではないでしょうか。
 
だからこそ、「勝つ戦略」を考えるその第一歩としての、”絶対に負けることが許されない”戦略、すなわち軍事戦略が、そして「この人ならついていこう」と思えるリーダーシップを備えた人物というものが求められているのではないでしょうか。
 
折木さんは現在、自衛隊OBの方々で構成された『日本地雷処理を支援する会(JMAS)」という国際協力NGOに参加されており、JMASはカンボジアラオスで不発弾処理を通じて国際貢献を行っているのだそうです。(2017年9月現在における累計不発弾処理重量(kg)はカンボジアで611,319kg、ラオスで90,505kgにものぼる)
 
そして、本書の印税も全額JMASに寄付されるのだそうです。
この一点だけからでも折木良一さんのお人柄、素晴らしい人格者であることがわかるのではないでしょうか。
 
真に優れた戦略を体得し実行したければ、自分自身の資質を高めることこそ最も必要なのではないか。それこそが経営学では学べない「戦略の本質」そのものなのではないかと思わされた一冊です。
 
おススメです!

 

(書評サイト 本が好き!)

自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』の感想、レビュー(Scorpionsさんの書評)【本が好き!】

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