「王道を踏み外したことがない」 シゲーリンにまつわるプロパガンダ #くたばれ財務省 #シゲーリン

財務省スターリン」とも称される”シゲーリン”こと岡本薫明主計局長にまつわるプロパガンダについて。

日経の記事ではシゲーリンをして「王道を踏み外したことがない」と省内外で評されているそうです。

確かに経歴やその財政観は王道中の王道をいくシゲーリンですが、昨年彼が官房長時代に行った人事はどうでしょうか。

 

一橋大卒かつそれまでの省内の経歴も傍流中の傍流であった「ベリヤ野」こと”クソ野郎”発言でおなじみの矢野康治氏を自身の後任に大抜擢したではありませんか。

  

大蔵省、財務省の伝統の中で東大法学部以外の人間が省の要職を占めることなど、数えるほどであり、一橋大卒が官房長に就くのはもちろん初の出来事。

 

こと人事については「王道を踏み外しまくっている」と評するのが適切ではないでしょうか。日経の記事を読むにつけ、そんなことを感じた次第です。

 

f:id:ScorpionsUFOMSG:20180313030732j:plain

財務省スターリンこと岡本シゲーリン主計局長

 

日経も毎日に続く。事務次官は”財務省のスターリン”、国税庁長官は”大佐”が就任か #くたばれ財務省 #シゲーリン

財務次官に岡本主計局長 国税庁長官は藤井氏、政府最終調整:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33219800Q8A720C1MM8000/

 

財務省、揺れた次官人事 信頼回復へ難路続く:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33211570Q8A720C1EA4000/

 

毎日に続いて日経も岡本主計局長の次官昇格を報じる。

つまり次官はシゲーリンでほぼ確定か。

あとはその他の主要ポストの人事ですが、日経によると浅川財務官、星野主税局長留任とのこと。

浅川留任は毎日も報じていましたが、そうなると異例の4年目に突入してしまいますし、一度は「女性関係に問題があるから次官就任は困難」と報じられた人間が事務次官の次の地位を占める財務官のままでよいのかという問題も。

 

国税庁長官も同様。

毎日も藤井国税庁次長が国税庁長官に就くと報じていましたが、星野主税局長を差し置いて主要局長ポストの経験のない藤井氏が長官に就けるのか、はなはなだ疑問。

 

ついでに言うと藤井氏のその仕事への厳しさからついたあだ名が確か「大佐」もしくは「ゴジラ」だったはず。

佐川前長官がパワハラ問題で辞職したのに、「大佐」「ゴジラ」の異名を持つ藤井氏が後任に持ってくる理由が見当たらない。

 

むしろ私がシゲーリンなら同期のライバルである太田理財局長を国税庁長官に推します。これなら国会対応をそのまま太田氏に押し付けることができるうえ、国税庁長官という上がりポストに追いやることができますから。

 

はてさて、どうなることやら。

 

 

 

財務省人事を読む 課長級ポスト動き始める #くたばれ財務省

課長級ポストでは動きが出てきましたね。
 
 
注目人物としては、
奥達雄 法規課長→主計局総務課長兼主計局主計企画官(調整担当)
阿久澤 孝 主計局主計官(厚生労働係第一担当)→主計局法規課長
神谷隆 大臣官房文書課広報室長→内閣官房に出向内閣参事官内閣人事局)兼総務
省行政管理局管理官]
 
といったところでしょうか。
奥氏、阿久澤氏は出世コースを順当に進んでいるように見受けますが、神谷氏は微妙か。
神谷氏の後任は城田氏。初の女性広報室長の誕生だそう。
財務省広報室長に城田郁子氏 初の女性  - 産経ニュース https://www.sankei.com/economy/news/180717/ecn1807170035-n1.html @Sankei_newsさんから
 
あと高田英樹元広報室長もOECDから戻ってきたようですが、まだ行先は未定のよう。
 

『学校では教えられない歴史講義 満洲事変』感想④ 協力内閣運動の虚妄 

■協力内閣運動の虚妄 協力という名の排斥

一般に「非常時に対応するには二大政党が協力するしかない」という主張のもと、政友会と民政党による大連立を目指したといわれる協力内閣運動ですが、これを推し進めた安達謙蔵らの意図は一体、どこにあったのでしょうか。

諸説あるため、真意を図りづらいところもありますが、例えば『政友会と民政党』(井上寿一中公新書。2012年)での論調でいえば、満洲事変と10月事件という内外からのクーデター、すなわち軍部からの挑戦から議会政治を守るために、政党の力を結集しなければならないという危機感のもと起こった運動であったという描かれ方をしています。

ですが、その内実をよくよく見てみると協力内閣運動という政界再編に乗じて、元々安達たちと反目していた議員(特に官僚系議員)を排撃しようとしていたフシが見て取れます。

また近年、より積極的に協力内閣運動を支持する論を展開している学者は、

  • 当時の政党は官僚系によるポスト独占が続いている状態であり、安達ら党人派政治家には、総理総裁にすらなることが出来なった
  • 安達はそもそも二大政党制、憲政の常道に否定的であった。
  • このため安達らは、官僚系政治家を排撃し、両党の党人派の力を結集、反官僚政党として純化させることで、第3極として政治力を発揮しようとしたのだ

などと臆面もなく論じています。

 

そうなると、安達らは政友会、民政党双方に分断工作を仕掛けることで、政友会、民政党に続く第3の党として政局を動かそうとしていたということになります。

仮にそうだとすれば、安達たちは、そこにどのような政治力学を求めたのでしょうか。

 ■ラムゼイ・ミュアの連立内閣論

 『イギリスの議会政治』(ハロルド・ラスキ。日本評論社。1990年)よれば、1930年代当時、イギリスでも二大政党制を批判する論が政治学者のラムゼイ・ミュア氏らによって展開されていたのだそうです。ミュア氏が掲げる理想の内閣制とは、右派、中間派、左派による三党制であり、ミュア氏は

  • 多党に基づく内閣制には、一方から他方への「激しい振り子の揺れ」をなくすという大きな利点があり、
  • それは「政治的意見の合理的妥協と調整」を可能にし、必然的ならしめる

と論じ、続けざまに

  • 二党制は政府与党を維持することを主目的とする多数党と、与党にとってかわるために政府の信用を傷つけることを目的とする少数党の二つの規律ある密集部隊に議会を二分することによってわが政治制度の働きを妨げた。
  • 二党制は議会の議事から活気を奪い、国民の面前で議会の威信を著しく傷つけた。なぜならば、野党はあらゆる機会をとらえて政府の信用を傷つけるし、与党は良心の呵責なしに重大な結果を招く場合を除いては、素直かつ公然と批判する義務を怠って政府の行動をすべて支持するからである。

 と二党制批判を展開したのだそうです。

■ラスキ教授の連立内閣批判

このミュア氏の連立内閣論に対して労働党のブレーンでもあったハロルド・ラスキ教授は次のように反論します。

この主張は確かに論理的であるし、説得力を持っているが、それにもかかわらず私は全く誤りだと考える。わがイギリスに比べて、小党分立するフランスのような国々の方が議会の権威が高いという証拠はどこにもない。それどころか逆に、議員の自由な行動は重要政策の遂行に欠かせない固い忠誠心をあやふやにし、政府の信用を傷つけるのである。

(中略)

議論の便宜上、ミュア氏の三党制を基盤にして選挙方法を改正したと仮定した場合に、結果はどうなるのか。

現在のように単独で政府を組織できるだけの強力な与党が出現する(この場合、現在の状況とあまり実質的には変わらない)か、またはどの政党も単独では政府を組織できないほど弱い諸政党によって構成された衆議院が出現するかのいずれかである。

 

この後者の場合、少数内閣かまたは連立内閣が生まれる。少数内閣の弱さについては、戦後の経験から言って、ほとんど詳述する必要はあるまい。その結果、政治的かけ引きが政策論にとってかわる。

政府に協力する小政党が政治の真の主人公になり、政府は、他党の協力を得ることを望むあまり、みずからこれはと思う政策を二の次にする。したがって、政府の施策は勇断と一貫性(これらはどの政治制度にとっても一番大事な徳目である)とに常に欠ける。

 世論に敏感に反応することの必要性が少数内閣の場合に著しく増大することは言うまでもない。第三政党は、自党の維新高揚のために常に政府の譲歩を強要するという誘惑にかられるし、また政府がわが党のおかげで命脈を保っているのだということを国民に印象づけたがる。それが少数党政府が常に弱体かつ短命な理由である。

(中略)

第三政党は確かに、1924年議会の自由党のように、アスキス氏が「特恵的援助」と呼んだところのものを、自分たちは内閣に与えていると考える。しかし、第三政党にとって内閣を正しい方向に向けさせる企てに見えることも、内閣にとっては常に政府の威信を傷つけるために振り回されるダモクレスの剣のように見える。そこで内閣は当然に、都合がつく限りできるだけ早く、そのような状況から逃れようと努める。

ダモクレスの剣・・・ギリシャ神話によると、デュオニュソスは、宴会のとき一本の毛髪で吊るした剣の下にダモクレスを坐らせ、王者がいかに不安定なものであるかを教えた。

 内閣に統一的目的を与えるのは、内閣の政党的性格である。その統一目的を保持するための制裁手段を提供するのも、内閣の政党的性格である。解決すべき諸問題を類似の角度から観察し、類似の目的を持った志を同じくする人々が内閣に列することを政党は保障する。あらかじめ定められた大方針の枠内で永続的に衆議院過半数に支持される政策を内閣が現に遂行できるようにさせるのも政党である。

ディズレーリ「イギリスは連立政権を好まない」といみじくも述べた理由もこれである。

 議会制民主主義にとって涙すべき二日間

実際、現代の日本の政治を振り返ってみても二大政党制ではなくなったからと言って、腐敗が無くなったでしょうか?

清廉潔白な政治が行われ、なおかつ政治の質は高まったと言えるのでしょうか?

 

むしろ、その逆で、自民党絶頂期の田中角栄時代においては金権政治が横行しましたし、いまだに政治の劣化が甚だしいと言わざるを得ない状況なのではないでしょうか。

 

つまり、二大政党制だから政治が腐敗するというような公式が成り立つものではないということではないでしょうか。

 

井上寿一氏などは安直に「二大政党制には限界があったのだから、同様に今の日本の政治も二大政党制の確立を急ぐよりも、連立政権の再編を試みるべきである」などと提唱しますが、ラスキ教授の連立内閣批判にはどのように応じるのでしょうか。

(※本書『学校では教えられない歴史講義 満洲事変』でも倉山満先生が、安達の協力内閣とは別の宇垣一成を首班とする「挙国一致内閣」は軍部を掣肘できたはずだとの”珍説”を唱えた坂野潤治氏、小山俊樹氏、伊藤之雄氏に筆誅を加えていらっしゃいますが、井上寿一氏も氏の別著『危機のなかの協調外交』の記述が作為的であり、謬論に導くための恣意的な資料操作であることを宮田昌明先生に批判されている御方ですから、そんな人達に誠実な姿勢を求めること自体、無駄なのかもしれません)

 

結局、安達らの協力内閣運動は、ラスキ教授の指摘通り、憲法習律すなわち政治秩序としての「憲政の常道」を破壊し、内閣を、政党政治を、ひいては議会政治を弱体・分裂化させただけの運動となりました。

 

つまり協力内閣運動、その帰結としての昭和6年12月10日~同年12月11日の政変とは、「世界と日本の歴史を変えた二日間」であると同時に、政治家自身が議会政治を殺した「議会制民主主義にとって涙すべき二日間」であったとも言えそうです。(続く)

 

(参考文献)

『学校では教えられない歴史講義満洲事変』(倉山満。ベストセラーズ。2018年)

『イギリスの議会政治』(ハロルド・ラスキ。日本評論社。1990年)

英米世界秩序と東アジアにおける日本―中国をめぐる協調と相克』(宮田昌明。

錦正社。2014年)

『政友会と民政党』(井上寿一中公新書。2012年)

『協力内閣運動と安達謙蔵の政治指導-“多数派主義”と「デモクラシー」の相克-』(原田伸一。政経論叢。2013年3月)

『第二次若槻内閣期における議会政治の擁護』(原田伸一。政経論叢。2014年3月)

 『二大政党制下における,ガバナンス構築の失敗-民政党内閣を例に-』(原田伸一。政経論叢。2015年3月)

 

 

 

 

『学校では教えられない歴史講義 満洲事変』感想③ ~押し寄せる独裁政治の波~

■押し寄せる独裁政治の波

①や②で書いた通り、議会政治は「衆議院は醜戯院」と呼ばれるほど腐敗し、陸軍も難題は現場の関東軍に押し付けて責任を取らないグダグダ組織。それが昭和6年当時の日本の状態でした。

国家がなさなければならない仕事はますます複雑となり、強い政府が求められているにもかかわらず、内閣の地位が不安定で、政府が力強い施策を実行できないのであれば、それが国民の不満を招くのは当然です。

 

そんな時、ヨーロッパ方面の政治状況はどうなっていたのか。

ロシアにおいてはソビエト政府、イタリアではファシストによる独裁政治が樹立し、スペイン、ポーランドポルトガルリトアニアギリシャなど、程度の違いはあっても相次いで同じ傾向を持ち、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどの諸大国をはじめ、議会制度を維持している諸国においても、立憲政治の危機、代議政治の衰退が声高く叫ばれている状況でした。

 

世界50ヵ国以上の議会議員が構成する「列国議員同盟」においても議会制度に満足しているとの報告があったのはスイスとスウェーデンの2か国のみで、ほかの国々はいずれも議会政治の堕落と不信用を訴えない者は無く、「このままでは議会政治は死滅に瀕し、共産党ファシストか左右の独裁政治に取って代られる」との観測も上がるほど、議会政治への信頼が揺らいでいたのが当時の国内外の情勢だったのです。

  

■議会政治を問う~独裁政治VS憲政の常道

当時の議会政治といえば、「憲政の常道」とも呼ばれる二大政党による政党政治ですが、これまで見てきた当時の政党政治の腐敗・堕落ぶり、世界各国の動向から「独裁政治のほうがマシだ」という声が出てくるのもやむを得ないところなのかもしれません。

    

このような議会政治への不信からくる独裁政治への傾倒に危機感を募らせ、美濃部博士は『議会政治の検討』において、

  • 議会政治はいかなる弱点があるにせよ、なお他に見ることを得ない大いなる長所がある。
  • 独裁政治は、国家非常の際に一時の横道としては時として絶対に必要であることもあり、これによって議会政治におけるよりははるかに多く実際の効果を挙げ得ることがあるけれども、それは要するに、一時の過渡的な手段として認め得るべきに止まり、正常なる制度としては、忍び得ないものである。

と述べ、次のように指摘します。(一部要約)

議会政治の第一の長所は反対党に対する寛容の態度である。これが議会政治の独裁政治と異なる最も主要の点で、我々が独裁政治を排して議会政治を謳歌する所以は主としてこの点にある。

 

独裁政治は、ファシストの政治にせよ、コミュニストの政治にせよ、何れも一国一党の政治である。唯政府に追随し服従する者のみが認容せられて、これに反対する者の存在を許さない。人民は自己の自由なる信念によって行動することを得ないで、一に政府者に盲従することを余儀なくせらるる。政府に反対する者は、即ち国賊であり、自由の行動を許されないのみならず、その生命すらも脅かさるる。スパイの暗中飛躍と正義を無視した暴力の圧迫とは、その必然の結果である。  

 

議会政治はあたかもこれと正反対の地位に在る。現に政権を掌握する者は多数党であっても、それは決して絶対不動の地位に有するものではなく、反対党もまた正当にその存在の権利を主張し得べく、他日若し多数を得る機会があれば、代わって政権を掌握し得べき希望を持っている。 

 

暴力に依らず、合法的手段に依って政権の移動を見ることを得べきは、ただ議会政治においてのみ可能である。

 

第二の長所は、国の政治を公開して国民の批判の下に立たしむることにある。

議会における討論がいかにその権威を失ったにしても、なお議会の開かれている間は、天下の耳目は議会に集注し、その重なる言論は全国の新聞紙によって広く国民に報道せられ、国民の政治思想がそれによって刺激せらるることが著しい。

立法府として及び予算の議定者としての議会の機能は、殆ど有名無実となり、そのすべての実権は政府の手に帰属するに至ったとしても、なお議会は国民環視の前に公に政府の施政を批判し弁難する機能を有するもので、ここに議会制度の一の大なる政治的価値がある。

 

独裁政治は批判を許さない政治である。すべての政治は秘密の間に断行せられて、国民は唯これに従うべく余儀なくせらるるのみであり、これに対する不満を訴うべきところがない。

 

第三の長所は、政治の局にあたるべき首脳者が間接に、国民の奥望に依って決せらるることに在る。

国民は直接には唯議員を選挙するのみであるが、その選挙の結果に依って多数を占め得た者が、内閣を組織すべき大命を受くることとなるのであるから、議員の選挙は間接には内閣の運命を定むるの原因となり、結局は内閣が国民の奥望に基づいて組織せらることとなる。議会政治の他の一の政治的価値は、この点にこれを求めることができる。

我々が議会政治を支持せんとする所以は、主として以上三点に在る。

「議会制度の危機」(昭和6年3月号『中央公論』所蔵)

 

日本において明治維新以後の今日まで政府の組織がいかに変遷してきたかを通覧すると、立憲政治の実施に至るまでの間は、言うまでもなく、純粋の薩長藩閥を主軸とする独裁政治であった。薩長政治は単に政権を掌握したばかりではなく、同時に兵権をも握っていたのであって、陸軍の首脳者と政治の首脳者とは、同一の人であるか、または少なくとも固く相提携していた。

即ち兵力を基礎とする独裁政治が行われていたのである。近頃に至ってファッショ政治ということが、さも新しいことのように唱えられているけれども、ファッショ政治とは結局武力を基礎とした独裁政治であって、日本に取っては決して新しいものではなく、既に多年試験済みの制度である。日本にファッショ政治を行うということは、結局憲法実施前の状況に逆転しようとすることにほかならぬ。

 

こういう政治が過去の日本においていかなる成績を挙げ得たかというと、その偉大な功績はもとより否定し得べからざる所で、内治、外交、軍備、財政、経済のすべてに亘って旧制度を覆し、近代日本の基礎を築いたのは、少なくとも薩長政府の指導に大なる原因を有することは、争うべき余地もない。実際にも維新以後におけるような急激な大改革を断行するには、こういう独裁政治でなければ、不可能であったろうに思われる。

 

但し、一方においては、それはかなり罪悪に満ちた政治であったことも、また争いを容れない所である。少なくともそれは反対者に対する極端な圧迫の政治であり、同時に権力者自身の罪悪に対しては、これを批判し攻撃すべき何らの手段をも許されなかった政治である。

こういう政治に対して、その圧迫を受ける者の側から、強い不平が起こることは、もとより当然であって、佐賀の乱や、西南の役のような大動乱は暫く別にしても、武器を取って政治に反抗せんとする企ては終始絶えなかった。言論集会の自由は極端に抑圧せられ、政党は国賊視せられ、政府に反対する者は居住の自由をも奪わるる有様にあった。

 

 明治14年明治23年を期して国会を開設することの詔勅が発せられたのは、こういう独裁政治を以っては、維新の大業を体制する所以ではないことを洞察せられた結果であって、今日に至って、再び議会開設まえのような独裁政治に復帰しようとすることは、この過去の貴重な経験を無視するものと言わねばならぬ。

(中略)

したがって独裁政治を布くということは、すなわち憲法を中止することを意味する。立憲政治と独裁政治とは絶対に相両立し得ない思想である。あるいは国家の存亡危機に際して憲法の中止もやむを得ないというような極端な説が有るかもしれぬが、独裁政治に依って果たして国家の危急を救うことが出来るかどうかは、極めて不確実な問題で、独裁政治が成功し得るためには、第一にはその主脳者たるべき威望ある大政治家を得ることが必要である、第ニには時の国情が独裁政治に適していることが必要である。

 

こういう特別な事情のある場合でなくして、強いて独裁政治を行おうとすれば、そこには唯混乱があるのみで、それは国家を救う所以ではなく、却って国家を破壊に導く所以である。仮に独裁政治を行うだけの適当な有力者が有り、また時の国情がそれを許すだけの事情が有るとしても、独裁政治といえば常に腕力の政治であり、弾圧の政治であることを必然の性質としているもので、一時の非常手段としてはやむを得ずそれを是認しなければならぬ場合が有り得るとしても、長きにわたっては決して国民を幸福ならしむる所以ではない。

「内閣制度の種々相(昭和7年10月号「経済往来」所蔵)

    

また、政党政治の腐敗にかかわりなく、そもそも政党政治自体に否定的な立場をとるグループも従来から存在していました。いわゆる観念右翼です。

後の国体明徴運動の源流ともいえる上杉慎吉東大教授らによって提唱された学説、天皇主権、天皇親政説は「我が国は天皇を中心とする国体の国であり、デモクラシーがいきすぎれば愛国心がなくなる」と主張し、政党政治に否定的な立場でした。そして、平沼騏一郎に代表されるような官僚系政治家もこの説を支持します。

憲政の常道」が続いているかぎり、政党員でなければ、平沼ら官僚系政治家には出番が回ってこないからです。

 

軍部も政党内閣に予算を握られているという力の関係上、政党内閣に抑圧される側であり、本質的には政党と対立する勢力です。

だからこそ田中義一のような軍人は政党におもねり、政党入りすることで栄達を果たそうとしたのです。

 

そんな政治情勢が揺らいでいるさなか、満洲事変を契機に起こったのが「協力内閣」運動でした・・・(続く。)

 

(参考文献)

『学校では教えられない歴史講義満洲事変』(倉山満。ベストセラーズ。2018年)

『議会政治の検討』(美濃部達吉。1934年)

『検証 検察庁近現代史』(倉山満。光文社新書。2018年)

 

いよいよ本格化か?! 財務省人事を読む 前局長佐藤正之氏の転出先は内閣官房 九州財務局長に川瀬氏:日本経済新聞 #くたばれ財務省 #がんばれ関税局

いよいよ財務省人事も本格化しそうな気配ですね。

そう思った記事がこちら。

 

九州財務局長に川瀬氏:日本経済新聞

www.nikkei.com

 財務省20日、同日付で九州財務局長に国家公務員共済組合連合会総務部長の川瀬透氏が就任したと発表した。前局長の佐藤正之氏は内閣官房日本経済再生総合事務局次長となる。

 川瀬 透氏(かわせ・とおる)84年(昭59年)明治大政経卒、東北財務局へ。関東財務局管財第一部長などを経て17年7月から国家公務員共済組合連合会総務部長。福島県出身。58歳。

 

注目したのは、前局長の佐藤正之氏。

内閣官房日本経済再生総合事務局次長という肩書で内閣官房入りするようです。

そこで佐藤氏の経済観、財政観はどうなのかというのを調べてみたところ、ちょうどよい資料が。

 

doyu-kumamoto.gr.jp

f:id:ScorpionsUFOMSG:20180621040951j:plain

佐藤正之氏

 

(抜粋)

それでは、財政を再建するための方策は一体何か。それは、各論はともかく方向性は明快で、世界最悪の債務残高対GDP比の数字を下げれば良い。具体的には、分子の債務残高を小さくするべく毎年の財政収支赤字を抑え(=①社会保障支出等歳出の合理化・縮減、②消費税等歳入の拡大)、分母のGDPを大きくするべく③成長戦略ないし構造改革を進めることだ。日本のように財政状況が悪化してしまうと、この3つの方策をすべて同時に取らないと間に合わないと考えられる。

ちなみに、②歳入の拡大に関連して、なぜ消費税の引上げが言われるかと言えば、それは、所得税法人税のように、景気の振幅で税収がぶれることがないため、社会保障制度を安定的に支えることが出来ることがある(図6)。また、社会保障負担は、一般に現役世代に重くなるが、消費税は年齢を問わず均しくかかることから、現役世代への負担の偏りを回避することが可能となる。

(引用終わり)

 

人によってとらえ方は様々でしょうが、個人的には「宇宙が滅亡しても増税」の現官房長のベリヤ野氏に代表される財務省増税原理主義者というわけではなさそうかなと。

 

また佐藤氏は関税局畑をずっと歩いてきた人間のようなので、そのあたりも少し期待してしまいますね。

がんばれ関税局!

 

 

浅川事務次官報道に関する岡本主計局長の腹の内 #くたばれ財務省 #シゲーリン 

浅川氏の後任財務官と報道されている武内氏は森友学園問題発生当時の近畿財務局長ですね。
財務省スターリン”こと岡本”シゲーリン”主計局長からすると、麻生氏を喜ばせてやるのと同時に森友問題を引っ張ることで安倍総理をいびることができるというわけですか。

相変わらず手が込んでいますね。
 

とはいえ、シゲーリンの尊敬する兄貴分だった香川元事務次官(故人)なら、ここまで姑息な手は使わず、真正面から官邸にぶつかっていったのでは。

だからこそ香川元事務次官は多くの人から愛され、敵味方問わず尊敬されているのでははないでしょうか。

 

香川元次官の弟分を自認するならもう少し正々堂々とやっていただきたいものです。


東京新聞 2017年12月1日 朝刊
「森友」真相究明、逃げ腰の財務省 不手際認めても栄転幹部は不問
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201712/CK2017120102000129.html

 

f:id:ScorpionsUFOMSG:20180313030732j:plain

財務省スターリンこと岡本シゲーリン主計局長