『誰が第二次世界大戦を起こしたのか: フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く』が面白い!

『誰が第二次世界大戦を起こしたのか: フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く』   渡辺 惣樹

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元々、フーバー大統領の回顧録『裏切られた自由』はいつか邦訳されたらぜひとも読みたいと思っていた一冊。

 

この7月13日に待望の発売となりましたが、ほぼ定価1万円はさすがに高過ぎて、二の足を踏んでいたところ、江崎道朗先生のFBで訳者の渡辺 惣樹先生による解説書も同時発売されていたことを知り早速購入。

 

目から鱗が落ちるというか、現代に伝わる通説と、当時の人々の認識というものが180度異なることに驚かされます。

 

まだ序盤ですが、本書を読むと江崎道朗先生の『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』、『コミンテルンルーズヴェルトの時限爆弾や、倉山満先生の『嘘だらけの日英近現代史』、内藤陽介先生の『アウシュヴィッツの手紙』を読み返したくなりました。

 

来月発売予定の江崎道朗先生の新刊の予習にもなるかも。

 

おススメです!

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『自衛隊の心意気 そのとき、彼らは何を思い、どう動いたか』書評 ~自分ではない誰かの為に~ #桜林美佐 #国防最前線 #自衛隊

自衛官の心意気』書評

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自分ではない誰かの為に~For someone that is not oneself~
・日本への評価を転換させたぺルシャ湾での機雷掃海
・撃たない国防
・足を縄で縛られたサッカー選手
・後顧の憂いを無くせ

 

【書評】

著者はフリーアナウンサーとしてキャリアをスタートさせ、ディレクターとしての活躍(『はなまるマーケット』(TBS)などを制作)を経て、近年では、防衛・安全保障問題のジャーナリストとして、メディアへの記事執筆、ネットチャンネル「チャンネルくらら」のレギュラーとして大活躍中の“美佐姉”こと、桜林美佐さん。
 
本書は“美佐姉”による徹底した現場取材のもと、

・いかに自衛隊が“自分ではない誰かの為に”、日夜、死と隣り合わせの任務に従事しているのか
 
・それに反して、憲法自衛隊法などの法的な部分においては“足を縄で縛る”が如く自衛隊を束縛していること
 
・また、現場の自衛隊員の待遇面の改善は抜き差しならないレベルになっていること。


これらのことがよく分かる一冊となっています。
 
■自分ではない誰かの為に
東日本大震災や度重なる自然災害における救助活動など、近年ますますその活躍が目覚ましい自衛隊
また国連PKO(平和維持活動)への派遣などでも着実な実績を残しており、その活動の質の高さは世界に誇れる水準だと言われています。
 
ですが、自衛隊を取り巻く環境は厳しく、極めて強い法的制限の他、装備、人員、備蓄も充足しているとは言い難い状況のようです。
 
では、“何”が自衛隊の質の高さを支えているのか-。
 

For someone that is not oneself. (自分ではない誰かの為に。)


自衛隊の心意気”を表す、この一言に尽きるのではないでしょうか。
 
■日本への評価を転換させた現場力~ペルシャ湾での機雷掃海~
自衛隊が国際的に評価されるようになったきっかけとして本書で取り上げられている1991年に実施された機雷掃海部隊のペルシャ湾への派遣について紹介したいと思います。
 
それまで憲法上の制約のため、自衛隊の海外派遣をしていなかった日本は、湾岸戦争に端を発する多国籍軍としての活動として、自衛隊を派遣する代わりに資金の拠出という形で対応していました。
 
それはそれで、まったく意味のないことだとは思いませんが、湾岸戦争に伴う国際協調のために自国の兵士を派遣していた他の諸外国からはどう見られるでしょうか?
 

「日本は金だけで済ますのか」
 
「たった1万円で、貴国のシーレーンを我が国の若者が命がけで守るのか」
 
「なぜ、日本は他国に血を流させるのか」

 
との声が上がるのも無理からぬことであったと言えます。
 
そうした中、苦肉の策として発案されたのが機雷掃海隊の派遣でした。
そもそも海外へ出向くなどを想定いなかったため通信設備などもまるで海外仕様になっていない掃海艇を突貫工事で改修し、モンスーンと台風が吹き荒れる4月のインド洋を5,00トンにも満たない木造の掃海艇で渡るなど、旅路そのものが危険極まりないなか実行された派遣-。
 
やっとのことで目的地に着き、ようやく着手し始めた機雷掃海も死と隣り合わせの連続だったようです。
自衛隊が到着した時にはすでに、撤去しやすいものは、あらかた諸外国の軍隊が撤去しており、残されていた機雷は、撤去しづらく、作業も難しい、誰もやりたがらないものばかり。
 
遅れてやってきた自衛隊掃海部隊への評価は、その難儀な「残り物」の処分にどれほど成果を上げるかに掛かっていました。
ですが、自衛隊掃海部隊は遅れてやってきただけでなく、掃海のための装備も各国に大きく後れをとる有り様。
にもかかわらず、自衛隊掃海隊は34個もの機雷撤去を成し遂げたのだそうです。
 
では、どうやって撤去したのでしょうか?
なんとEOD(爆発物処理班)による撤去、すなわち“人の手”による撤去がそのほとんどだったそうです。
 爆発物処理班の活躍を描いた映画と言えば「ハート・ロッカー」がつとに有名ですが、陸上においても困難な作業を海洋で行うなんて、死と常に隣り合わせの過酷な任務であったことは容易に察しがつきます。
 
この機雷掃海部隊派遣をきっかけにした自衛隊PKO活動への取り組みは着実に日本の国際的評価を支える一つの大きな土台になっていると言えます。
 
■撃たない国防 
また海外での活躍のみならず、国内における災害救助での活躍も近年目覚ましいものがありますが、実はあまり報道されていない活動も多数存在しているようです。
 
例えば東日本大震災によって福島原発事故が発生した当時、極秘裏に「石棺化作戦」というものが計画されていたそうです。
ホウ酸とコンクリートの「石棺」で原子炉を封じ込めようという作戦で、そのために陸上自衛隊きっての精鋭落下傘部隊、第1空挺団を投入することも検討されていたのだとか。また、2号機の屋上に降り立ち、建屋内に入って原子炉に対し、ホウ酸を直接まく作戦も検討していたのだそうです。

 
この作戦は原発の温度が低下したことを受けて、実施には至らなかったそうですが、もし実施していたとしたら、確実に隊員の人たちも大量の放射線を浴び、被ばくしていたのではないでしょうか。(実行に至らずに済んで本当によかったと思います。)
 
これらは自衛隊が行った任務のほんの一例に過ぎず、危険で、過酷な環境下での任務を日々黙々とこなしているのだそうです。
 
こういった自衛隊員の姿、「この国には、国や国民を守るために、自らやその家族が犠牲になっても献身する者がいる」ということが、日本に対して侵攻を企てようとする国に対する大きな抑止力を果たしているのだと、著者の桜林さんは指摘します。
  
戦争や国防というといわゆる軍事兵器やミサイル、実弾が飛び交うようなものを思い描いてしまいますが、そうではない“撃たない国防”というものも確実に存在し、それを体現しているのが、今日の自衛隊なのだなと感じさせます。
  
■足を縄で縛られたサッカー選手 
“撃たない国防”-。
これを体現している自衛隊は称賛されて然るべきですが、やはり“撃たない国防”には限界があるのも歴然たる事実と言えます。
 
特に中国による日本の領空、領海を侵犯は年々激しさを増しており、スクランブル発進した自衛隊機が中国軍機から攻撃動作を仕掛けられるという事態も現実に発生しています。
 
このような事態にあって、現状の法整備のままでは、反撃することすらままならないのが現状であり、国防・安全保障に詳しい評論家の江崎道朗先生も

「日本だけ足を縄で縛られた状態で、かつ相手のエリアに入ってはいけないとされている中で、サッカーをしているようなものだ」

と指摘しています。
 
こういった状況を一刻も早く改善しなければ、“不測の事態”がいつ発生してもおかしくないのではないでしょうか。
 
特に自衛隊については、法的制約の決め方として、やっていい事を列挙するポジティブリスト方式>ではなく、やってはいけないことを決める<ネガティブリスト方式>への転換が急務と言われています。

 
常に想定外を想定しなければならないため、やっていいことを列挙する<ポジティブリスト方式>では、本質的に対応が間に合わないのだとか。
そのため自衛隊以外の各国は押し並べて<ネガティブリスト方式>を採用していると言われています。
 
「足を縄で縛られた状態」を打破するためにも、一刻も早い<ネガティブリスト方式>の採用が待たれます。
 
■後顧の憂いを無くせ ~自衛隊員を取り巻く劣悪な待遇~
最後に、本書では、

・トイレットペーパーが不足しており自腹で購入するケースも多々発生していること
 
・転勤がある毎に貯金を切り崩さなければならない引っ越し貧乏状態であること
 
・退官後の再就職先がないこと


等々の自衛隊員の日常の待遇面、家族へのサポート、退官後のキャリアデザインについての不備が指摘されています。
 
それ以外にも自衛隊の官舎は築40年以上のボロボロの官舎であることはつとに有名で、震災などがあった時は、真っ先に自衛隊の官舎が倒壊しそうですし、また小さい子供を持つ家庭では保育園の確保や、一時預かりが出来る場所の確保も大きな悩みのタネとして抱えているようです。
さらには北海道など寒冷地への転勤が決まった時などはマイカーを寒冷地仕様する必要があり、泣く泣くマイカー買い換えたという話も聞きます。
 
日ごろから、死と隣り合わせの危険な任務を遂行して下さっている、自衛隊員の方々に対して、このような待遇しか提供できていないのは、もはや「人道に反するレベル」なのではないでしょうか。
 
“防衛費増額”と言うと大仰なものに聞こえますが、自衛隊員への待遇改善、ご家族の支援のため、人手不足(現状では定員数の90%程度)解消のための増額なのであれば、もっともっと増額、2倍にしても足りないのではないかと思える様相です。
 
そのためにも経済成長は必須条件なのでしょう。
たしかに不況の時ほど公務員の人気が上昇する、応募人数が増えるという傾向はありますが、所詮それは一時的なものに過ぎず、ここで取り上げられているような後方支援、待遇改善などは経済成長がなければ到底実現し得ないのではないでしょうか。
  
自衛隊“自分ではない誰かの為に”日夜、死と隣り合わせの任務に従事していること、それに反して、憲法自衛隊法などの法的な部分においては“足を縄で縛る”が如く自衛隊を束縛していること、また、現場の自衛隊員の待遇面の改善は抜き差しならないレベルになっていること。
 
これらのことがよく分かる一冊として、ぜひ多くの方々に読んで頂きたい一冊です。
 
おススメです!

 

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民進党・菅直人元首相「消費税引き上げは私の手柄です」 #増税は人でなし #消費税 #民進党

民進党菅直人元首相「消費税引き上げは私の手柄です」

  

菅直人

与謝野馨さんのお別れの会

http://blogos.com/article/233070/

 

昨日、故与謝野馨さんのお別れの会があり、私も参列した。与謝野さんには私が総理の時に、社会保障と税の一体改革担当大臣として入閣してもらった重い縁がある。

 

 与謝野さんは自民党に所属していた鳩山政権時代、民主党政権に対し厳しい姿勢で臨まれていた。私が総理大臣に就任し、2011年1月の内閣改造の時、自民党を離党し無所属になっていた与謝野さんに社会保障と税の一体改革担当大臣としての入閣をお願いした。それは、消費税引き上げにつながる社会保障改革案を超党派的にまとめるには与謝野さんを置いて他にいないと考えたからである。

 

 この年3月には東日本大震災福島原発事故という戦後日本の最大の危機が訪れた。そうした厳しい政治環境の中、与謝野さんは国民的に信頼できる有識者を集め、自民党も反対できない日本の将来を見据えた改革案を見事にまとめ上げられた。

 

 私の後お継いだ野田内閣の下、民主党自民党公明党の3党合意が成立。その後自民党に政権が戻り、安倍政権が誕生。安倍総理も最初は3党合意を守るとしていた。しかし2度目の消費税引き上げを先送りし、その結果社会保障の充実に振り向ける財源が確保できなくなっている。

 

 政治家は選挙の事を考えると「アベノミクス」のようなバラ色の政策を掲げたがる。しかし日本の将来とくに若い世代の事を考えれば、与謝野さんのまとめ上げられた社会保障と税の一体改革は避けられない課題であり、誰が総理になっても勇気をもって進めてほしい。

 

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財務省人事への所感 増税こそ我が使命 人事慣例すら上回る岡本薫明官房長の執念 #くたばれ財務省

財務省人事への所感 増税こそ我が使命 人事慣例すら上回る岡本薫明官房長の執念

 

 

ここ2、3日体調を崩しており、遅ればせながらの記事となりますが、このたび発令された財務省幹部人事について所感を述べたいと思います。

※あくまでも想像による推論であり、事実と異なることはお許し下さい。

 

財務省人事

http://bit.ly/2tM5zZp

 

今回の財務省人事から感じ取れるのは岡本薫明官房長(今人事で主計局長へ)の消費増税にかける執念でしょう。

 

通常、「増税は出世の道具」ともいうべき位置づけであり、財務省が何よりも守らなければならないのは”人事慣例”であるはず。

 

にも拘わらず、

1.佐川理財局長の国税庁長官就任

 →野党への攻撃材料の提供?

2.59年組のパージ

 →岡本事務次官2年も想定?

3.可部主計局次長の統括審議官登用

 →岸田外相の義弟。岸田派支持のメッセージか?(申し合わせたかのように、ここ最近、岸田派が増長)

4.矢野主税局審議官の官房長登用

 →事前予想では一橋大初の財務官就任が噂されるも浅川氏留任のため、官房長に?

 

等々、その人事慣例すら、かなぐり捨てて”消費税10%”へ向けて、財務省総がかりで取り組むという布陣であり増税こそ我が使命」と言わんばかりの決意が行間から滲み出ているようにすら思えます。

 

では、なぜ岡本氏にこれほどの離れ業が成し得たのか。

勝手な推論にしか過ぎませんが、岡本氏は兄と慕っていた故・香川俊介事務次官の人的リソース、すなわち人的ネットワークすらも”遺産”として引き継いでいたのではないでしょうか。

特に『正義とユーモア 財務官僚・香川俊介追悼文集』を読むにつけ、そんな気がしてなりません。

でなければ、ここまで陣容は成し得なかったのではないでしょうか。

 

ちなみに”消費増税”だけに固執しているかのように見えて、水面下では社会保険料のような”プログラム法案”の議論も加速させているように見受けれられるのは、本当に抜け目がないとしか言いようがありません。

  

(為参考)

財務総研HP

実験の手法による長期の財政問題の解決に向けた 手掛かりの考察

http://bit.ly/2uKsfX5

(以下抜粋)

加えてここでは、提供する情報を絞らない一方、政策決定の機会を限定する手法を示唆しておきたい。法律に長期にわたる政策を盛り込み、その執行の自動化を図ることである。その法律の案としての審議の際には十全な情報が提供される。 他方、法律が施行に移されれば、(法律改正の手続きを取らない限り)所定のプログラムに沿って自動的に政策を執行する仕組みである。実社会でこれに近いものを探すのなら、2004年改正で導入された公的年金におけるマクロ経済スライドを挙げることができるかもしれない。マクロ経済スライドでは、保険料率の(上 限付き)自動的引き上げ、人口動態に応じた給付水準の自動的調整が盛り込まれている。政策執行の自動化までには至らないが、政府機関の行為を縛る工夫として、いわゆるプログラム法が制定されることがある。社会保障分野では2013年に社会保障制度改革プログラム法が成立している。

 

岡本薫明氏こそ”官僚の仮面を被った究極の政治家”と言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

恐るべし岡本薫明。 

かってに財務官僚名鑑~福田淳一~ #くたばれ財務省 #ビール腹 #ジャバザハット

福田淳一】

82年大蔵省入省。ビール腹次官

3年間の長きに渡り主計局長を務め、満を持して事務次官の座に就く、財務省期待を一身に集める、“規格外”の大型事務次官

 

「国家予算の膨張と福田(局長)の出世、そして体重が見事に比例している」と言われるほどの恰幅の良さから、付いた渾名が“ビール腹”

 

極度のめんどくさがり屋であり、「歩くのも、息をするのも面倒くさい」が口癖。このため財務省のジャバ・ザ・ハット”との別称もあるとかないとか。

 

面倒くさがり屋の割りに処世術に長け、森友学園問題商工中金不正融資問題など、面倒な問題はすべて岡本薫明官房長(次期主計局長)に丸投げし、自身はもっぱら財務省OBへのゴマすりのための接待に精を出していたとか、いないとか。

 

そのため、通常、霞が関官僚の間では「デブは出世しない」とされているにも関わらず、異例の出世を勝ち取る。

 

最後は、秘孔を突かれ、息が出来なくなって爆発するのがお約束?

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【やりすぎ都市伝説SP 2017夏6月30日】「北朝鮮でまことしやかに噂されている… “金一族が隠す不都合な事実と出生の秘密”」#やりすぎ都市伝説

【やりすぎ都市伝説SP 2017夏6月30日】
日本人とポーランド人のハーフ芸人、ナポの
北朝鮮まことしやかに噂されている… “金一族が隠す不都合な事実と出生の秘密”」
が思いのほか真実をそのまま話していて驚きました。
  
再放送なりネット動画でアップされていたら、内藤陽介先生著の『ハバロフスク』と比較してみてもいいかも?!
#やりすぎ都市伝説 
 
書評『ハバロフスク
#内藤陽介
追記:ヴャツコエ訪問記~虚構の英雄・金日成と白頭血統および金正男暗殺
金正日生誕の地、ヴャツコエ村
■“金日成”はチーム名?!
プロパガンダによって殺された金正男 
 

『梧陰存稿 国語教育』を読む 嵯峨天皇と勢の効力~文章は事績の記録か、言葉以上の”何か”か~

『梧陰存稿 国語教育』を読む

嵯峨天皇と勢の効力~文章は事績の記録か、言葉以上の”何か”か~

  

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■梧陰存稿 国語教育

明治26年8月6日に開かれた尋常中学校尋常師範学校教員講習会講演を文語体に改め補筆したもの。『官報』第3035号(8月10号)木村匤『井上毅君教育事業小史』(明治28年1月)に口語速記が収録されています。

 

井上毅のド正論

同じく梧陰存稿収録の『人に自尊自卑の性あるの説』でも奈良・平安時代に漢文漢詩が盛んに取り入れられた様を取り上げ、批判していましたが、ここではさらに口を極めて非難しています。(一応、申し訳程度に「漢字は国語の良友である」と付け加えていますが)

 

井上毅の主張、即ち

「語源語法を異にする漢文と国語とは、行き着くところ相合一すべきではなかった。

奈良・平安時代に無理にそれを行おうとしたことで、我が国の国文国語は大きく毀損し、発達が阻害された。

また漢文が主流となったことで、学芸百般を習得するためには、まずは漢文を学ばなければならなかったという状況は、多大なエネルギー、時間の浪費をもたらした。

その結果、我が国の文明の発達も著しく停滞してしまった」

との指摘は、ぐうの音も出ないほどの正論であろうと思われます。

 

嵯峨天皇と書画・漢詩

『国語教育』においてその名が挙げられているわけではありませんが、奈良・平安時代に特に唐風文化、漢詩・漢文の導入に多大な影響を及ぼした人物として嵯峨天皇は無視できないのではないでしょうか。

嵯峨天皇は当時の唐の文化を取り入れることに熱心であり、『凌雲集』『文華秀麗集』『経国集』の3つの勅撰集はいずれも嵯峨天皇の勅命により編纂され、「勅撰三集」とも呼ばれているそうです。

また、嵯峨天皇自身、空海橘逸勢らとともに“三筆”に数えられるほどの書の名人であったと言われています。

 

嵯峨天皇文人官僚』においては極めて優れた政治を行い、「統治(しら)すれども支配(うしはく)せず」を体現していた嵯峨天皇も、井上毅の言説を踏まえるのであれば、やはり全てにおいて完璧というわけではなかったという事になるのでしょうか。

 

井上毅の主張はまったくの正論であることを前提に、素人考えながら、少し別の角度の視点も考えてみたいと思います。

 

※『嵯峨天皇文人官僚』の書評はコチラ

詩と書を愛した偉大な名君 ~統治(しら)すれども支配(うしはく)せず。

ウィキペディアに載らない“象徴天皇の源流“~ 

書評『嵯峨天皇文人官僚』

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■書画における“勢”のダイナミズム

例えば、中国における書・漢詩とは、単なる事績の記録、言葉の書き起こしではなく、”書画”という作品しての側面も有していると言えます。

 

フランソワ・ジュリアン著勢 効力の歴史によれば、書画、兵法、風水、武術など中国文化を通底する鍵概念として“勢の論理”と呼ばれるものが存在しているのだそうです。

 

では“勢の論理”とは、どういうものなのか。

例えば、「孫子の兵法 兵勢編」の一句「善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず。」などで用いられれる“勢”とは、「勢い」「波に乗ること」と解説されることが多いようです。

 

ですが、本当の“勢”とは「勢い」「波に乗る」などと言った表層的な言葉ではなく、

「効力 efficacite 」すなわち「配置 dispositionから出てくる力

であり、

「戦場での軍隊の配置、書の文字や描かれた風景が示す配置、文学の諸記号が作り上げる配置等々の、形状の中に働く潜勢力という主題」

であり、

「政治においては君臣、美的表象においては上下、宇宙的原理としては天地等々の、 機能的な両極性という主題」

であり、

「戦争の推移や作品の展開、歴史状況や現実のプロセスといった、単なる相互作用から自然に生み出され交替しながら進展する趨勢という主題」

であり、

「一切の現実を、布置dispositifとして捉えた上で、その布置に依拠し、それを働かせる必要があるという直観」

であり

布置から発する勢い propensionを戦略的に利用して最大の効果を生むようにという発想である」

とされています。

このように複数の主題を内包する言葉が“勢”なのだそうです。

そして、書法は特に“勢”のダイナミズム、すなわち“形状の中に働くダイナミズム”を直接的にモデルにしており、

「蓋し書は形の学なればなり。形あらば則ち勢あり。……勢の便を得れば則ち已に勝算を操とる。」

「兵に常陣無く、字に常体無し」

であるとされています。

 

また詩文に関しては、六朝時代(5世紀末)に現れた文芸理論書『文心龍』に治められている「定勢」と命名された一篇(第30章)において、詩文は「勢」が文学的形象として体現(現実化)したものとする根本哲学から発し、体に即きて勢を成すものと説かれるのだそうです。

 

フランソワ・ジュリアン著勢 効力の歴史

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嵯峨天皇の施政にみる、“勢の論理” ~臣籍降下と皇室~

上述したように嵯峨天皇空海橘逸勢らとともに“三筆”に数えられる書の達人でした。

であるならば、嵯峨天皇自身が書を通じて“勢の論理”を体得しており、それを施政に活用していたと考えても不思議ではないと言えるのではないでしょうか。

 

『日本一やさしい天皇の講座』(倉山満著)によると、嵯峨天皇は「ニ所朝廷」と呼ばれた当時の状況を是正し、「都は平安京ただ一つの原則」を打ち出しました。(この原則は明治時代まで続きます)

 

また、嵯峨天皇は財政難を理由に、多くの皇子たちを臣籍降下させたと言われています(嵯峨源氏)。しかしながら、臣籍降下を行ったことにより、嵯峨源氏が皇族を補完する勢力として存在していたことが、藤原摂関政治による皇室乗っ取りの抑止効果を発揮し、皇室の安定化に繋がったと指摘されています。(『日本一やさしい天皇の講座』より)

 

いずれも嵯峨天皇自身が“勢”すなわち“配置がもたらす効力”を知り抜いていたからこそ実現できた業績のように思えてなりません。

 

※『日本一やさしい天皇の講座』の書評はコチラ

天皇(すめらみこと)にみる真の保守の姿 『日本一やさしい天皇講座/倉山満/扶桑社』

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■文章は事績の記録か、言葉以上の“何か”か

確かに文章を事績の記録、語り言葉を文字に起こしたものと捉えるならば、井上毅の指摘はまさしくその通りであると言えます。

 

ですか、上記のように文字・文章を、書あるいは詩文と捉え、そこに内包される、言葉以上の何か、すなわち“勢の効力”の存在を見い出すのであれば、奈良・平安期に推し進められた中国文化の取り入れも、あながち頭ごなしには批判できないのではないでしょうか。

 

井上毅の主張が正論であることは論を待たないものの、ちょうど『嵯峨天皇文人官僚』、『日本一やさしい天皇の講座』を読んでいたこともあり、素人の浅学ながら、上記のような反論を試みてみました。

※全くもって“後付けの解釈”であり、“事実誤認”も多分に含まれていると思われます。どうぞご容赦下さい。

   

国語教育(意訳)

我が国語国文は、今は何の支障もなく、かつ幾多の補助材料さえ得て十分発達し得るべき時運に至った。中古以来の経験によれば漢文は結局わが国民に適用すべきではない。

そもそも言語と文章とはその系統脈絡が同じでなければならない。

漢文は我が言語とその淵源を一としない。語法語脈が互い相一致しないのであればわが国民一般の使用に応えることができないのもまた不思議なことではない。

 

果たしてしからば、わが国民は各自の思想を表明し、また往来させるためには我が固有の国語及びその国語に生じた普通の国文をおいてほかにない。

 

国語国文の使用が既に確定しているときは従って教育上、国語国文のために与えられる位置はどのようなものかという問題を講究しなければならない。

 

万物の霊として人類の叡大知能は言語及び文字をもって各自の意思を表明し、これを他人に通知し、これを遠近に伝播し、これを後世に残すことにある。

これを史誌に著すに国語国文が十分に発達し、人々その意思を表明するの材料に富たる国は一国の文明を従えて隆盛に赴き、国民の知識は年を経て、世の中を追って進歩するのは自然の結果とならないわけがない。

 

そのうえ、国語国文の発達した国はこの原理に帰るが故に、文明世界に国を立たせるものは各々、その自国の言語文章を尊重し、これを普通教育の宛先におき、これに最も長い時間をかけて学習させる。

 

このため普通教育を卒業した者は全て日用往復通信の言語文字を適切に使用するにおいて差し支えなく、さらに高等教育を卒業した者は、概ねその論著する所に富み、観る者をして了鮮感動させるに足る。

 

今日、我が国における国語国文の有様は、なお遺憾を表すべきものがある。普通教育は一旦、置いて論じないが、高等教育を卒業した者といえども、多くは国文をもって各自の意思を表明する能力が不足しているように感じられることは免れないのではないだろうか。

 

この事実は不可解なことではない。

私は昨日まで漢文をもって国文とするか或いは漢文を雅とし国文を俗とし、漢文を主とし国文を客とする妄想を有していた。国語国文が教育に用いられたのは僅かに近日のことであって、国文の教育はなお甚だ幼稚である。

 

私はわが国の教育史に遡り、我が国語国文が、中古の時代において絶滅寸前の悲運に遭遇した有様を著述することで、今日の国文教育が幼稚である理由を説明したい。

 

中古の時代、漢文の仏法とともに我が国に輸入された当初は、あたかも渇者が水を得たかのように非常の熱度をもって歓迎され、漢文をもって公私一般に用いる文とし、律令格式から歴史風土記の編纂、裁判の宣告、官吏の請暇、下は租税の帳簿、貸借の証文に至るまで、全て皆不充分ながらも漢文を用いしめた。(当時の古文書は今なお奈良の宝庫に保存されている。)

 

この時の人の考えでは、その語源語法を異にしたる漢文と国語とは、行き着くところ相合一すべきではないと思わなかったのか、あるいは又漢文漢語を用いて我が固有の国語を撲滅せんと企てたのか、今となっては測り知ることは難しいとはいえども、とにかく一国の国民としては一国の命運とともに固有の国語を愛重すべきであることを忘れたかのようだ。

 

固有の国語を撲滅するのはワケがあって許される所のものではなく、当時実際の有様は漢文はおごり、博士学士の間に行われ、僧侶に行われ、国民の一部に行われたにとどまり、政治の上での公文および政府編纂の歴史は、形式上の美観にとどまって、一般の国民にとっては到底その耳目に熟すこともなく、かえって文武は離隔し、朝野は蔽塞(物事がよくわからなくなること)となり、大政がふるわない原因となってしまった。

 

このように世の中が霧に覆われたようになってしまった中にあって、幸いにも豪傑の士がおり、音韻及び仮名の用法を発明し、これを通俗に用い、また和歌に用い、国語と密接に関連付けて、自在に使用することを見いだし、その後また一歩、歩を進めて、漢字交じりに活用し、国語を経(たて糸)とし、漢字を緯(横糸)とする。すなわち国語を主とし、漢字を客として、さらに一層の利便性を図ったのである。

 

仮名の使用は一般に利便性をもたらしただけにとどまらず、又その使用法をさらに一歩進めて漢字交じりの物語を作ることで、より一層使いやすくなったにもかかわらず、当時においては、まだ女文と言われ、朝廷の公文に用いられることもなく、鎌倉幕府の時代ですら、政府の記録及び裁判申渡は稚拙なる文章生または僧侶の手を借りて鵺の如き、漢文を用いていた。

徳川時代に至っては、ナントカ道春という僧のなりをした輩(※おそらく林羅山)は東照公の命を奉じて信長譜、秀吉譜を編著するに、なお漢文を用いてる。

 

私が最も惜しむところのものは水戸義公の大日本史を編纂するにあたり、三宅観瀾が国文を用いようと建議したが、当時多勢に押し切られて遂に漢文を用いることに至ったことであり、気運が未だ至っていなかったとはいえ、遺憾の意に堪えない。

 

思うに幕政三百年の間、文人学者がますます輩出され、漢文の著述が少なくなっていても、帆足萬里は猿の狂言のような一言を以て之を冷遇したに違いない。

 

もし、徳川時代の初めにあって一人の豪傑がおり、漢文は決して国語と一致させるべきでないことを知り、国文の形式を一定にし、公文に、歴史に、教育にこれを用いようとしたことは、その間に生まれるはずの俊才の士は青年時代の精神気力を堅苦しくわかりにくい漢文の修行に費やすことなく、他の有用な事業に注ぎ、三百年の文運は馬が駆けるように一層高度の進歩に達していたであろう

 

要するに、わが国民の国文国語における固有の特性は永い年月の間、ある種の事情のために、その発達を妨げられて経過したものであることは、歴史の証明する事実である。

 

今は、既にこの有様のままに継続すべきではない。私たちは国語国文の中興の時期を迎えている。久しく滅裂に付せられていた国語国文が再び発達する、その初期にあたり、私たちはこの発達を助けて、長足の進歩と為すためには、どのような方法を採るべきか。これが目下の問題である。

 

この方法とは、第一に政府の編纂する歴史地誌の類は全て国文を用いること。第二に教育上、国語国文を重視し、その指導方法に誤りがないようにすることである。

 

国文国語の発達を図るということは、復古というより、むしろ進歩である。

おそらく討幕以来、国語国文の著者が少なくないにもかかわらず、世間で広く用いられるに至っていないのは、その多くが既に過去の時代に頻繁に使われた古語古文のみを主張し、国民一般の感覚に通じる現在の言語文章から遠く、ある種の奇癖のように思わせている弊害があるからである。

 

古文古語はもとより尊重すべきである。ただし専門として尊重すべき、又はある場合に限り一種の美術として尊重すべきである。これを一般の国民教育として用いてはならない。

このため、現在の国文教育の任にあたっている者は自らの博雅の学識の光を抑え、国民のために一般に通用する、平易卑近なものにして、また漢字を自在に使用するために便利な国文を用いることを方針とすること。これは最も注意すべきところである。

 

但し、今の方言俚語は前述した滅裂時代の間に成立したことで不幸にも卑俗の極みに陥っているので、現在の俗語は直ちにこれを以て言文一致の国文と為すべきものには達していない。

また普段使われている手紙の文章もこれまた同様に、将来、改良を加えて誤謬の弊害を正さなくてはならない。

 

このため今、わが国の国語国文を発達させるためには、この俗語俗文をできる範囲で養い、徐々に規則正しくしていき、雅語雅文との間に適当なる調和をもって善美の成果を得ることを心に誓うのは、我々の今日における苦心の境地である。

 

次に国語国文の進歩を図るためには現在の学術社会の広博な思想に応えるために広く材料を漢文漢字から取るのではなく、欧州の論理法から取るのではなく、国文をもって文明の進歩と提携随伴し、大にしては経天緯地の種々雑多な長作となり、小にしては工芸百科亳末の微細に至るまで叙述し、漏らさないまでに至るようにするのは、決して狭い了見の中にあって古言古語を愛重しようという思いだけで為すことができるようなものではない。

 

このため、国文国語の発達進歩の職にある者は、今日の学問社会において一大事業の責務を負っている者である。私は自らの不肖を顧みず、自らの職務上のみならず、又一個人として、この一大事業の担い手の末列の一人たらんとすることを希望する者である。

 

最後に、さらに一言を付け加えたい。私が先だって教育史に遡り、漢文時代のことを叙述したときには過去における主客転倒の誤りを論じたに過ぎない。

私は国文が発達するためには、国文を主とし、漢字を客とすることを主張する者である。

 

国文の組織結構の下に漢文漢字の豊富な素材を自在に使用せんことを願う者である。

漢文は国文の良友である。国文の敵ではない。私はまた漢学の着実、中正なる道徳が我が国の中古の進歩を促したことを信じ、かつ後世にわたって漢学が我が国の教育に貴重な一元素となったということを信じる者である。

 

このため私は漢文を排斥せんがために学問世界に向けて、いたずらに軋轢の分子がまかれることを望んではいない。